ハッピーアイスクリーム・ノーリターン(構わないのは神経発達症の忘却、少しの鬱とパニックとの間で)

 

重力に押し潰されそうになりながら俺は、布団にしがみついていた。言葉にならないうめき声のようなものは、確実に俺は誰かに監視されているという感覚に陥りながらも、それは紋切り型のような症状だということがわかっていた。寝ることに対するオブセッションが最近酷くなり始めていて、昨日は沈んでいくチーズケーキスフレがずっと脳内にちらつき、上にかかっている粉砂糖が象徴的に表面に残った時に、俺が目で見ている暗闇に線が入り、飛び起きてしまった。

 

5月9日にある朗読に向けての天才的な脚本を書き上げた俺は、悦に入りながら射精の準備に入った。「ねえ、練乳やアイスクリームやキャンディ、甘いものって性に結びつくのよね。だからって精液が甘いってわけじゃないのが残念なの」画面の向こうで女優が語っている。俺は、混濁した意識の中で再び沈んでいくチーズケーキスフレがよぎり、画面を閉じて目をつむった。

 

エマが彼女なりの直線で走っている。俺は恋に似た陶酔で、写真家の女性が撮ってくれた写真を見た。そして俺たち家族は石壁の前で『化石の森』宣伝ポスターをネタにポーズを決め、嫌がるエマを無視しながら最高の一枚が生まれると信じて撮った。エマの不機嫌な動きは萩原健一のソレと通じており、一足先にその影響化から脱していた俺は、Yさんの桃井かおりを意識もせずに笑わないことだけに集中した俯き顔に感化されて瞳孔だけをひらくことにした。

 

「わあ、めっちゃいいですね。エヘヘヘヘ、ひゃっひゃ」笑うことが最大の賞賛だってことが俺たちの関係性の中で出来ており、着地点を見つけた安堵をYさんに悟ってもらい、帰路に着いたのだが、

「さっきのきのこソースのポークソテー、初めからカットしてあったね」

「美味しい料理の哲学(廣瀬純、著)の観点からしたらありえないし、この本を読んでいなかったとしても、俺はこのサービスは良しとしないよ」

なんて大好きな店、ディナーの常連の俺がランチメニューに文句垂れるだなんてと自分でも辟易していた俺の顔を、Yさんは「マクドナルドが一番好きなくせに」とでも言いたげな顔で見ているのには気づいていた。