詩人の冬は言葉よりも暖かい(詩集が出来たなら)


体調は地獄だ。腸がふつふつと煮えている。慢性虫垂炎の可能性がゼロではないと言われた俺は、トニー・レオンのような髪型にした。身なりだけはちゃんとしようと思ったからだ。インスタで加工した写真に写る俺はゲイに見えたが、俺は今の俺を気に入っている。というよりも俺は確信しているが、詩人は全員ゲイである。男性だとか女性だとかそんなのは関係ない。みんなゲイだ。素敵なことだ。

京都にYさんとエマと出かける。三人で出かけるのは楽しい。大好きな「さらさ」で茹で豚を食べ、買い物をした。丸善でボスとディクテ姐さんに会い、イ・ランのエッセイを買う。彼女は俺と似ていて色んな表現方法で創作しては、いつも満足していないという顔をしている。彼女はアートスクール出身で俺はそうでないから、その差を感じて楽しんでいる。彼女は全てを学んでいて、俺は全てを学んでいない。その差がエッセイを読んでいてたまらなく面白く感じる。俺は学ばなかったからこその色々な表現方法があり、彼女は学んだからこそ色んな表現方法をしている。

夜はボスと詩人サワムラタカヒロと詩集の打ち合わせをしにモロッコ料理屋へ行った。棚に飾ってあったタジンを灰皿だと思って使おうとしてしまい、店の奥さんに怒られてしまう。俺はそういうところがダメなんだろう。いつも色んな人に怒られる。詩集の打ち合わせは奥さんの料理の解説によって何度も途切れるが、ハリラスープ、ビーフ・タジン、チキンのクスクス、プロシェット、ホブスが余りにも美味しいので俺はこれも詩の一部だという気でたくさん食べた。ビーフ・タジンのエキスは、ホブスで吸わせて食べて欲しいとのことだったのでそうしていたところ、奥さんに皿を下げられた。俺は少しモロッコ料理に対してストイックになっていたのかもしれない。食後のモロッコティーはポット満杯に入っていて、それをショットグラスで4杯飲んだ。もう飲めないと思っていたら、モロッコの旦那が最後の一滴をショットグラスに垂らした。この夫婦は極端だ、俺はもはや飲み過ぎて渇いた口を湿らせた。

ディクテ姐さんと合流して、田中さんの珈琲屋で詩集の打ち合わせを深める。本当に良い詩集になりそうだ。何年もの歳月、何人もの力を借り、何度も推敲し、何遍も意見を言い合った(詩人のやり方で)のだから、既に悪くなるはずはなく、良いものしか産まれないのに、更に良いものを目指している。俺たちはどこまでいくのだろう。降りられないところまでは来ているのはわかるのだが、先はどこまでもある。上がりきることは出来ないから、どこかで一区切りしなければならない。それが名残惜しいのかもしれない。でも大丈夫。これが完成したら終わるわけではないし、これ以上のものが作れないわけはないのだから。現時点の最高俊作を何度も作ろう。俺はその気でいるし、みんなもそう思っているはず。だけど、やっぱり名残惜しいんだ。笑 サワムラタカヒロ、佐藤瑞穂、素潜り旬の三人の詩集を楽しみに待っていてほしい。来年、読んで欲しい。あなたの街から遠くない(遠いかもね)、どこかの本屋に並んでいるから。

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